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『STILL LIFE』を観た

2026/06/29 STILL LIFE 静岡グランシップ

前説明から、自然とはどういうものだったかを表現する作品かと予想していたがそうではなかった。あくまで、今とはどういう状態かを切り取り見せるというアプローチと捉えた。

本編終了後のアフタートークである振付を例にしながら「あなたたちがどう見たかは自由」みたいなことは本当にそうで、そうだ、答えを探すもんじゃないよね。自由なんだよ全て。ダンスを観ることで、そこに立ち返ることができてよかった。
人の感想とか正確さとか、観るということはそういうことではない。なにを思考してしまうか。

動いていないのに変わっていく。
インターネットに冬は来ない。なぜわかるの?

身体性を持って表現するという皮肉。脳しかない私たちは生きた屍。死せる自然。

触れられる世界が広くなったのに、私はどんどん小さくなっていく。
脳の中に押し込められていく。

身体を使えるということが本当に羨ましく思う。
ダンサーの、全ての筋肉、神経をコントロールしているが故のあの滑らかな姿。

「大人になると自然に意識が向く」というのが、あれは思考の成れの果てなんじゃないだろうか。視野が閉じていく中でのどうしようもない逃避。
子どもというのは一つの外部接続装置なんだろうな、とも思いながら。強制的に世界と接続するということ。

みんな順応できてるんだろうか。
ズレ、過剰に広がる世界認識と、過剰に狭まる身体性。
噛み合わない経験と知識。わたしはもうそろそろ風邪をひきそう。


森山未来を観に行きました。幸せでした。
本当は横浜の公演に行ければよかったのだけれど、チケット確保を逃してしまい、悩んだ末に日帰りで静岡へ。台風がぶつかり合う前に帰れてよかった。

森山未来の身体表現が好きで、この10年でありがたいことに色々と拝見している。
ほんとうの最初はTVで見た『カフカの「変身」』だった、ずっとずっと覚えている。

もっと早く生まれたかったなァ。舞台は記録として大衆に公開されないことが多い。
(別件もね、いなくなったらもう見ることもできないから)

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